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東京地方裁判所 平成9年(ワ)21728号 判決

原告 株式会社ダルマ

右代表者代表取締役 大谷雄司

右訴訟代理人弁護士 櫻木武

同 山口元彦

同 村上昭夫

被告 ユービーエス・エイ・ジー(銀行)

右日本における代表者 伊藤嘉延

右訴訟代理人弁護士 近藤純一

同 進藤功

右訴訟複代理人弁護士 古田啓昌

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三二三四万円及びこれに対する平成九年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、日本国法人である原告が、外国法人である訴外会社から、同社が原告に送付する「昭和天皇御在位六〇年記念拾万円金貨」(以下「天皇金貨」という。)を原告名義の銀行預金口座に入金し、払戻金を右訴外会社及び外国法人であったユニオン・バンク・オブ・スイッツアランド(UBS)(スイス・ユニオン銀行)(以下「ユニオン銀行」という。)に送金するよう依頼され、これに従い送金したところ、右金貨が偽造であったため、ユニオン銀行に不当な利得が発生したと主張して、本件訴え提起後の合併によってユニオン銀行の地位を承継した被告に対して、不当利得に基づく返還請求をし、これに対し、被告が、本件には日本国の国際裁判管轄がないことを主張して、右請求につき訴えの却下を求めている事案である。

一  原告の主張する請求原因

1  原告は、平成元年一二月上旬ころ、外国法人アーウィン・デイトリッヒ社(以下「ED社」という。)から、同社が原告に送付する天皇金貨を原告の銀行口座に入金し、その払戻金を同社及びユニオン銀行に送金することを委託され、これを受託した。

2  ED社は、平成元年一二月から平成二年一月下旬にかけて、原告に対し、五回にわたり、天皇金貨一万一六〇〇枚(額面合計金一一億六〇〇〇万円。以下「本件天皇金貨」という。)を送付し、原告は、これを株式会社三和銀行三田支店(以下「三和銀行」という。)の原告名義の普通預金口座に入金した上、その払戻しを受けて、ED社の指示に従い、同社及びユニオン銀行宛に送金した。

原告によるED社及びユニオン銀行宛の送金額のうち、ユニオン銀行宛の送金額は、平成元年一二月二一日の金三億六〇〇〇万円と平成二年一月八日の金二億円の合計金五億六〇〇〇万円である(以下「本件送金」という。)。

3(一)  三和銀行は、平成六年一二月九日、原告に対し、本件天皇金貨のうち一枚を除く一万一五九九枚が偽造金貨として警視庁により押収されたので、その部分に相当する預金契約は成立しないと主張して、原告が払戻しを受けた金一一億五九九〇万円について不当利得返還請求訴訟を提起した(東京地方裁判所・平成六年(ワ)第二四一四七号、以下「別件訴訟」という。)。

(二)  別件訴訟は、平成九年五月六日の第二一回口頭弁論期日において、左記の条項を含む和解が成立して終了した。

<1> 原告は、三和銀行に対し、和解金として金四〇〇〇万円を平成九年五月末日限り支払う。

<2> 原告は、三和銀行の原告名義普通預金口座に入金した天皇金貨合計一万一六〇〇枚の所有権その他一切の権利を放棄する。

4  大蔵省造幣局は、本件天皇金貨のうち一枚を除く一万一五九九枚すべてについて偽造と鑑定している。

5  ユニオン銀行の利得及び法律上の原因の欠缺

原告とユニオン銀行との間には何らの債権債務もなく、原告がユニオン銀行宛に送金したのは、ED社の委託により、同社から送付された本件天皇金貨を原告名義の口座に預金として入金し、通常流通する通貨により払戻しを受け、ED社から指示された送金先であるユニオン銀行宛に送金したものにすぎないから、ED社から送付された天皇金貨が偽造である以上、原告がユニオン銀行に送金すべき原因は存在せず、ユニオン銀行は前記金五億六〇〇〇万円を不当に利得している。

6  原告の損失

原告は、別件訴訟において、弁護士費用として、着手金九〇〇万円を支払うことを約し、報酬金一八〇〇万円の支払義務を負ったものであり、原告の損失額の合計は、前記和解金四〇〇〇万円と合わせて金六七〇〇万円に上る。

右の損失額金六七〇〇万円を、別件訴訟の請求額金一一億六〇〇〇万円に対してユニオン銀行利得額金五億六〇〇〇万円が有する割合と同割合で案分すると、次の計算式のとおり、金三二三四万四八二八円となる。

(計算式)六七〇〇万×五億六〇〇〇万÷一一億六〇〇〇万

=三二三四万四八二八(小数点以下切捨て)

したがって、ユニオン銀行の利得に対応する原告の損失は、金三二三四万円を下らない。

7  よって、原告は、被告に対し、右損失額のうち金三二三四万円及びこれに対する前記和解金の支払期限の日の翌日である平成九年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本案前の争点

本件訴えについて、日本国に国際裁判管轄があるか。

三  争点に関する当事者の主張

1  原告の主張

本件訴えについては、以下の理由により日本国の国際裁判管轄がある。

(一) 日本国は、国際裁判管轄について、当事者の国籍による差別をせず、専ら証拠調査上の便宜や当事者間の公平の見地からみて、日本国内にその事件又は被告との合理的な関連を有する地方裁判所(裁判籍)があるかどうかを検討し、裁判籍があると認められるときは、その裁判所が管轄権を行使し、日本のどこにもかかる裁判籍がないときは、訴えを却下するという、合理主義・内外人平等主義の立場を採っている。そして、この点の判断が個々の裁判官の考えや好みによって左右されないように、平成八年法律第一〇九号による改正前の民事訴訟法(以下「旧民事訴訟法」という。)一条以下に直截簡明な認定基準を定めている。

本件において、ユニオン銀行が日本に営業所を有することは明らかであるから、東京地方裁判所が旧民事訴訟法四条三項に基づき、本訴につき管轄権を有する。

この点、仮に、本件送金は、ユニオン銀行がED社からスイスにおいて受領の委託を受け、これをユニオン銀行のスイスの営業所の口座において受領したものであって、送金を取り扱ったユニオン銀行の従業員もスイスの営業所に所属しているとしても、そのような事情は旧民事訴訟法四条三項が正に予定しているもので、同項の適用を排除する理由にはならず、また、原告が本訴を日本で提起したことが、著しく正義と公平の原則に反し、訴訟地選択上の権利濫用に当たるとみるべき特段の事情はない。

(二) 仮に、旧民事訴訟法四条三項が、直接国際裁判管轄を定めた規定ではないと解釈するとしても、条理に基づき同条項を類推適用して日本国の裁判権を認めたマレーシア航空事件判決(最高裁判所昭和五六年一〇月一六日第二小法廷判決)に照らし、本件につき我が国に裁判権があることは明らかである。

(三) さらに、民事訴訟法の土地管轄についての規定は、いわゆる国際的裁判管轄権の有無を直接規定しているものではなく、「我が国の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させることが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである」として、日本の裁判管轄権を否定した判決(最高裁判所平成九年一一月一一日第三小法廷判決)に照らしても、以下のとおり、本件につき日本国に裁判籍があることは明らかである。

ユニオン銀行は、日本の営業所において、本店あるいはその他の支店と同じ銀行業を営むものであり、現代の発達した電子通信機器により本支店間の緊密、迅速かつ効率的な相互連絡・情報交換・データベース共有を旨とする世界最大のグローバル・バンカーの一つであるから、その日本における営業所の存在を基に提起された本件訴訟の遂行に何らの支障もあり得ない。

また、ユニオン銀行としては、日本からの送金に関し紛争が発生すれば日本で提訴されることは当然予測できたこと、日本の最大手の渉外法律事務所所属の本件訴訟代理人が本件の事実関係につき調査済みであること、本件では立証を要する事項はあまりなく、証拠の存在も日本の方が多いことなどの諸事情にかんがみれば、本件事案はむしろ積極的に日本の裁判管轄権に服させるのがふさわしい事案である。

ユニオン銀行は、天皇金貨のED社への売主として、そうでなくても、スイスのコイン商とED社との間の天皇金貨の取引を成立させるための信用供与者として、いずれにしても独自の立場で関与したものであって、単なるED社の代理人又は使者的な立場で行動したのではなく、本件送金の受入口座もユニオン銀行自身に帰属するものであった。したがって、ユニオン銀行が不当利得法上の利得の当事者であることは疑う余地がなく、ユニオン銀行に利得があることは明白であるから、これ以上の立証の必要はない。仮に、ユニオン銀行の関与形態等につき補充的立証が必要だとしても、ユニオン銀行が利得の当事者であったといえるか否かが判断できればよいのであるから、ユニオン銀行とED社との間の契約書やユニオン銀行の口座に送金された払戻金の処分に関する記録等を取り調べれば足り、ことさら人証を調べる必要はない。そして、被告がこれらの書類を取り寄せて提出することは極めて容易である。

本件の準拠法は、法例一一条一項により、スイス債務法だとしても、それ故に我が裁判所は適切な判断を下すことができないからスイス連邦の裁判所の判断に委ねるべきであり、日本はその裁判権の行使を控えるべきだとの議論は、日本の裁判所の外国法認識・適用能力を過小評価し、外国法が準拠法となる事案についてはすべて裁判権行使を自粛すべきことにつながるものであり、不当である。

以上によれば、本件では、右の「特段の事情」は認められない。

(四) 仮に、「特段の事情」の存在が認められるとしても、本件訴えが却下された場合、原告が上訴審での判断を待たずに即時にスイス連邦の裁判所に訴えを提起しても、本件不当利得返還請求権が時効により消滅したとされることは必定であり、そうなると原告の救済申立ては、日本においてのみならず、スイス連邦においても門前払いされることになる。

このようなことは許されない。

2  被告の主張

本件訴えについては、以下の理由により日本国の国際裁判管轄がない。

(一) ユニオン銀行は日本に営業所を有するが、同営業所は本件と全く関わりがない。本件の送金は、ユニオン銀行がスイス所在のED社からスイスにおいて受領の委託を受け、これをユニオン銀行のスイスの営業所の口座において受領したものであって、送金を取り扱ったユニオン銀行の従業員もスイスの営業所に所属している。本件と日本とのつながりは、単に原告が日本法人であって、送金が日本からなされたというにすぎない。

また、本件は、基礎となる契約関係がスイスで締結され、スイスにおける業務を受託するものであったことから、本件訴えについて我が国において訴えが提起されることは、ユニオン銀行の予測の範囲を大幅に超えていた。そして、被告の防御のための資料はスイスに集中しており、原告が世界でも有数のコイン商であってスイスを含む外国からコインなどを経常的に買い付けていた以上、スイスにおいて訴えを提起させることが原告に過大な負担を課することにもならない。

(二) 本件における本案に関して問題となるのは、ユニオン銀行の利得の有無であるところ、本件の発端は、スイスのコイン商とED社及び原告が、この三者間の金貨の取引についてスイスにおいてユニオン銀行に接触したことにある。そして、右コイン商、ED社及び原告は、右コイン商からED社、更にはED社から原告に、本件天皇金貨を譲渡するに際して、金貨の移動及び対価の支払を確実にし、取引上の記録とするために、ユニオン銀行がこの取引に関与すること、具体的には形式上ユニオン銀行が右コイン商から本件天皇金貨を購入してそのままED社に対して譲渡したことにするということをユニオン銀行に対して依頼した。そして、本件天皇金貨の払戻金に関しては、原告が金貨の払戻金をED社に送金する際に、ユニオン銀行のいまだ口座開設手続を完了していない顧客であるED社のために提供された口座に対して送金を行い、ユニオン銀行がこれから手数料等を差し引いた金額を直ちにED社の預金として入金することがユニオン銀行に対して依頼され、ユニオン銀行はこれを受諾した。

そこで、右のような点に関し、第一に、スイスのコイン商、ED社、原告及びユニオン銀行との間における取決めの内容を明らかにする必要がある。そして、この取決めは、すべてスイスにおいてなされたものであり、関係書類等もすべてスイスに存在する。また、取決めの内容を確定するためには人証の取調べも必要であるところ、払戻金の受領の委託に直接関わったのはED社の代表者であるヘルマン・ハーベルリンクであるから、同人に対する尋問は不可欠であるが、ED社はスイスにおいて設立されて活動している法人であって、右ハーベルリンクもスイスに在住し、事業を行っている。また、他の関係者であるユニオン銀行の(当時の)従業員もスイスに在住し、スイスの営業所に勤務しており、もう一人の関係者である右コイン商もスイスに在住し、スイス国内で活動している者である。したがって、証拠調べの便宜・訴訟経済という観点からも、本件については我が国ではなく、スイスにおいて訴訟を行うべき特段の理由があるといえる。

さらに、送金の受領に関する取決めは、スイスの銀行であるユニオン銀行のスイスにおける営業所と、スイスで活動する法人であるED社が、スイスの法律及び銀行実務によって締結し、履行したものである。したがって、本件の送金受領の法的評価を下すためには、スイス法及びスイスにおける銀行実務についての理解が不可欠である。そのためには、単に日本法及び日本における銀行実務を類推することでは全く不足であって、かえって重大な誤解を生じさせるものであり、本件送金の受領の法的評価を的確に、かつ、効率的に下しうるのは、スイスの裁判所である。

また、送金の受領の事実にとどまらず、ED社と原告との間の天皇金貨の取引に関する契約もスイスにおいて締結され、スイス法を準拠法とすることにかんがみれば、不当利得の成否もスイス法を準拠法とすることになる。

以上によれば、日本は、訴訟遂行地として適切ではなく、本件に関しては日本国の管轄を否定すべき特段の事情が存するといえる。

第三争点に対する判断

一  国際裁判管轄の有無については、国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分ではないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして、日本国の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、原則として、日本国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を日本国の裁判権に服させるのが相当であるが、日本国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、日本国の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁判所昭和五六年一〇月一六日第二小法廷判決・民集三五巻七号一二二四頁、最高裁判所平成九年一一月一一日第三小法廷判決・民集五一巻一〇号四〇五五頁)。

二  そこで、まず、本件訴えにつき日本国の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるかという点について検討する。

本件訴えは、原告によって、平成九年一〇月一四日、ユニオン銀行を相手取って提起されたが、ユニオン銀行は、平成一〇年六月二九日、ユービーエス・エイ・ジー(銀行)と合併したため、現在は、存続会社であるユービーエス・エイ・ジー(銀行)が被告として本件訴えを承継している(弁論の全趣旨)。

ユニオン銀行は、スイス連邦法に準拠して設立され、同連邦内に本店を有する会社であったが、本件訴え提起当時、ペーター・ブルッチェを日本における代表者と定め、東京都千代田区大手町二丁目二番二号アーバンネット大手町ビルに営業所を有していた(弁論の全趣旨)。

よって、本件訴え提起当時、日本国の民事訴訟法の規定する裁判籍が日本国内にあったといえる(民事訴訟法附則四条一項、旧民事訴訟法四条三項)。

三  そこで続いて、本件訴えにつき日本国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があるかという点について検討する。

1(一)  本件においては、本件送金がユニオン銀行の不当利得になるかという点が本案における主たる争点となっている。

(二)  原告は、本件送金に至る経緯等の事実関係に関し、概要、以下のような主張をし、その証拠として、「外国送金申込書」(甲八の1ないし5)、原告代表者大谷雄司の陳述書(甲九)、「昭和天皇在位六〇年記念金貨一覧表」(甲一〇)及びED社の元代表者ヘルマン・ハーベルリンクの宣誓供述書(甲一一)等を提出している。

(1) ユニオン銀行は、第三者から本件天皇金貨を購入し、これを日本に輸出するため、自己の名において輸出申告及び通関手続をした。

(2) ED社は、ユニオン銀行の要請により、ユニオン銀行の本件天皇金貨購入金額にほぼ相当する金額を保証金としてユニオン銀行ジュネーブ支店に預託した上で、本件天皇金貨を受け取り、これを日本に輸送した。

(3) 原告は、ED社の要請により、本件天皇金貨を原告名義の銀行預金口座に預金した上、預金額の払戻しを受け、そのうち五億六〇〇〇万円をユニオン銀行の指図に基づきED社が指定したユニオン銀行ジュネーブ支店の口座(シューラー氏気付)に送金した。

(4) ユニオン銀行は、送金の受領を確認した後、ED社が預託した保証金を返戻し、かつ、ED社に対し右役務に対する報酬を支払った。

(5) 以上のとおり、本件天皇金貨の所有権は、銀行への預入れ以前は一貫してユニオン銀行に属し、ED社も原告も、ユニオン銀行のために金貨の両替に必要な運搬又は両替の委託を受けて行動したにすぎないから、本件送金は、ユニオン銀行の両替金回収のためになされたものである。

(三)  右の原告の主張に対し、被告は、概要、以下のような主張をし、その証拠として、被告法務部法律専門職員カチャ・インボーデンの調査報告書(乙一二、一三)を提出している。

(1) ユニオン銀行ジュネーブ支店とED社は、本件送金に先立って、左記の内容の合意(以下「本件合意」という。)をした。

<1> ユニオン銀行は、ED社の指図に従い、訴外コイン商E・J・ライン社(以下「E・J・ライン社」という。)から一定の数量の天皇金貨を一定の価格で購入する。

<2> ED社は、ユニオン銀行がE・J・ライン社から購入した天皇金貨の全量を、ユニオン銀行がE・J・ライン社に支払う代金額と同額でユニオン銀行から買い取る。

<3> ED社は、右の取引の担保として、ユニオン銀行がE・J・ライン社に支払うべき代金額を下回らない金額をあらかじめユニオン銀行に預託する。

<4> ED社は、ユニオン銀行に対し、一定の手数料を支払う。

本件合意は、ED社がE・J・ライン社から天皇金貨を購入するに当たって、ユニオン銀行がED社に信用と金融を供与することを目的としてなされたものであり、本件合意に基づくユニオン銀行の役割は、日本法における問屋(商法五五一条)に相当する。

(2) ユニオン銀行ジュネーブ支店は、本件合意及びED社からの指図に基づき、ED社のために、平成元年一二月二三日ころ、E・Jライン社から天皇金貨二〇〇〇枚を二〇四万スイスフラン(当時の換算レートで約一億八九五九万一〇七八円に相当)で購入した。

(3) ユニオン銀行ジュネーブ支店は、右の天皇金貨二〇〇〇枚をED社に引き渡し、ED社は、ユニオン銀行に二〇四万スイスフランを預託した。

(4) ED社は、原告に対し、右の天皇金貨二〇〇〇枚を代金二億円で売却した。

(5) ED社は、原告に対し、右の売買代金二億円をユニオン銀行ジュネーブ支店にシューラー氏気付で送金するように指図し、原告は、右指図に従い、平成二年一月八日ころ、右の売買代金二億円をユニオン銀行ジュネーブ支店にシューラー氏気付で送金した。

(6) ユニオン銀行ジュネーブ支店は、原告から送金された右の売買代金二億円をスイスフラン(当時の換算レートで二一五万二〇〇〇スイスフランに相当)に転換し、これをED社がユニオン銀行に対して負っていた代金債務二〇四万スイスフランと相殺し、さらに本件合意に基づくユニオン銀行の手数料二万八六一九・二五スイスフラン(当時の換算レートで約二六五万九七八二円に相当)を控除した後、その残額八万三三八〇・七五スイスフラン(当時の換算レートで約七七四万九一四〇円に相当)をED社のスイスフラン口座に入金した。

(7) ユニオン銀行は、ED社の預託した右の二〇四万スイスフランを解放し、ED社がクレディ・スイス銀行チューリッヒ支店に有していたスイスフラン口座に入金した。

(8) 原告が平成元年一二月二一日ころに金三億六〇〇〇万円をユニオン銀行ジュネーブ支店にシューラー氏気付で送金した前後の経緯も、右(1)ないし(7)と同様である。

(9) 右の経緯に照らせば、本件送金は、ED社が原告に売却した天皇金貨の売買代金の支払のためになされたものであり、ユニオン銀行ジュネーブ支店は、ED社から委託を受けて原告からの売買代金の弁済を代理受領したにすぎず、これは通常の銀行送金の法律関係にほかならないから、これによってユニオン銀行に不当利得が生じることはない。

(10) また、前記のとおり、本件送金はユニオン銀行ジュネーブ支店のシューラー氏気付でなされているが、原告主張のように本件送金がユニオン銀行宛になされたのであればこのような方式がとられることはない。ユニオン銀行宛の送金であれば、通常、いかなる債務の支払に充てられるかあるいは担当部署が記載され、シューラー氏気付というような個人名が記載されることはないし、本件送金のような口座番号が用いられることもない。本件送金がシューラー氏気付という個人名を用いてなされ、本件送金のような口座番号を用いてなされたことは、ユニオン銀行が口座開設手続を完了していない顧客等のためにその便宜を図るために提供した口座に入金されたことを意味し、その法的性質はユニオン銀行にED社が有する口座に送金されたのと全く同じである。したがって、ユニオン銀行にED社が有する口座に原告から送金がなされたことによってユニオン銀行に不当利得が生じることがないのと全く同様に、本件送金によってユニオン銀行に不当利得が生じることはない。

2  以上のとおり、原告と被告とは、本件送金についての事実関係に関し、主張が正面から対立していることが明らかであり、被告主張のような事実が認められるとすると、本件送金によって直ちにユニオン銀行に不当利得が生じるものとは到底いえないから、本件訴訟においてユニオン銀行の不当利得の成否及び(不当利得が成立するとして)その内容といった本案における争点について判断するためには、右の事実関係をまず確定させる必要がある。

ところが、既に提出されている証拠のみでは、右の事実関係を確定させるための証拠としては到底不十分である。

そこで、本件訴訟においては、ユニオン銀行とED社との間の合意の内容や両者の関係、ユニオン銀行又はED社と原告との間の交渉の経緯、本件送金の具体的態様や入金後の処理内容などにつき証拠調べを行う必要がある。

そして、そのために必要と考えられる証拠方法としては、原告代表者に加えて、ユニオン銀行及びED社の当時の各担当者等の人証が想定されるところ、原告代表者を除くこれらの人証は、日本国外、とりわけスイス連邦内に集中している。

また、本案における争点に対する判断をするためには、本件送金の法的性質等についての正確な評価が必要であり、そのためにはスイス連邦における銀行実務その他の商慣習につき理解することが不可欠である。

そして、そのための証拠方法としては、スイス連邦における銀行実務その他の商慣習等に関する各種書証や人証が想定されるところ、これらも、基本的にスイス連邦内に集中しているものと考えられる。

3  さらに、原告は、本件送金がユニオン銀行の利得であるとの主張をしているところ、法例一一条一項によれば、不当利得によって生じる債権の成立及び効力はその原因たる事実の発生した地の法律によるとされている。そして、日本国内からスイス連邦へなされた本件送金のように、財貨の移転の開始と完成とがそれぞれ異なる法域で行われた場合には、財貨の移転の完成した場所が、「その原因たる事実の発生した地」であると解すべきである。

よって、原告主張のユニオン銀行の不当利得に関する債権の成立及び効力についての準拠法は、本件送金において財貨の移転の完成した場所であるスイス連邦の法律(スイス債務法)であるというべきである。

4  加えて、ユニオン銀行の日本における営業所が本件について何ら関与していないこと(弁論の全趣旨)に照らせば、本件訴えが日本国の裁判所に提起されることはユニオン銀行の予測の範囲を超えるものといえる。これに対し、原告が国際的な取引に関与しているコイン業者であること(弁論の全趣旨)に照らせば、必ずしもスイス連邦の裁判所に訴えを提起させることが原告に過大な負担を課することになるとはいえない。

5  以上の事実を総合考慮すれば、本件訴えについては、日本国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる。

この点、原告は、本件訴えが却下された場合、原告が上訴審での判断を待たずに即時にスイス連邦の裁判所に訴えを提起しても、本件不当利得返還請求権の時効が完成することにより、スイス連邦の裁判所からも門前払いされることになるから、日本国の国際裁判管轄を否定することは許されないと主張する。

しかし、当初からスイス連邦の裁判所に対し訴えを提起していれば、そのような不利益を回避することができたのであり、現段階において結果的に原告に右のような不利益が生じる可能性があるとしても、これにより日本国に国際裁判管轄が発生すると解する理由はない。

第四結論

以上のとおり、本件訴えは、日本国の国際裁判管轄が認められず、訴訟要件を欠き不適法であるから、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村則夫 裁判官 内田博久 裁判官 下澤良太)

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